生成AIやさまざまなAIツールが一気に広まり、「とりあえず触ってみよう」という段階から、「会社としてどう活用するか」を考えなければならない段階に移りつつあります。
その中で増えているのが、「社内でAIリテラシー研修を実施したいが、何を教えればよいか分からない」「外部研修任せにはしたくないが、社内研修カリキュラムの組み方に自信がない」といった悩みです。
ここでいうAIリテラシー研修とは、難しいプログラミングを学ぶ場ではありません。むしろ、AIとは何かを理解し、どのような場面で活用できるのかをイメージでき、安全に・ルールを守って利用できる状態を目指すための、実務寄りの社内AI研修を指します。
特に中小企業では、限られた人員と時間のなかで研修を行う必要があります。
「完璧なプログラム」よりも「現場にとって役立つ内容」を設計することが重要です。
本記事では、中小企業のAIリテラシー研修をどう設計するかに焦点を当て、社内研修カリキュラムの考え方と、教材づくりのコツを体系的に整理します。
中小企業に必要なAIリテラシーの範囲を整理する
AIリテラシーの要素:知識・スキル・態度の3つで考える
AIリテラシー研修を企画するとき、内容を「なんとなくAIの話」として詰め込みすぎると、受講者にとって分かりづらいものになりがちです。まずは、次に挙げる3つの観点で整理しておくと設計しやすくなります。
1つ目は知識です。
「AIとは何か」「生成AIはどのような仕組みで動いているのか」「何が得意で、何が不得意なのか」といった基本的な考え方を押さえる領域です。
技術的な詳細を深く掘り下げるよりも、「なぜ確認が必要なのか」「なぜ過信してはいけないのか」といった判断の背景を理解させることが目的になります。
2つ目はスキルです。
ここでは、実際にAIツールを使いこなすためのスキルを扱います。
例えば、生成AIに指示を出す際の言い回し(プロンプトの工夫)、業務で扱う文書やデータをどのようにAIに渡すと有効なアウトプットが得られるのか、といった「使い方」の部分です。
3つ目は態度・マインドです。
AIの出力を鵜呑みにしない姿勢や、社内ルール・ポリシーに沿って利用する姿勢も、AIリテラシーの重要な要素です。
「なんとなく便利だから使う」のではなく、「AIを補助として活用しつつ、最終判断は人間が行う」「守るべきルールを理解している」という態度を研修の中で育てる必要があります。
カリキュラムを設計するときは、各回・各セッションがこの3つのうちどこを主に鍛えるのかを明確にしておくと、内容の重複や漏れを防ぎやすくなります。
生成AI時代に最低限押さえたいAIリテラシーのポイント
現在、多くの現場で話題の中心になっているのは、文章生成や要約、アイデア出しなどに使える生成AIです。
中小企業向けのAIリテラシー研修でも、この領域に関する最低限の理解は外せません。
まず必要なのは、「生成AIは賢く見えるが、事実を保証しない」という前提です。
もっともらしい文章を高速に生成できる一方で、事実と異なる内容や、根拠が明示されていない説明を出力することがあります。
そのため、「AIが言っているから正しい」と考えるのではなく、「AIの提案をたたき台として、人間が最終判断する」という役割分担を強調する必要があります。
また、個人情報や機密情報の取り扱いは必ず研修に含めたいテーマです。
外部サービスに入力した情報が、サービス提供者のプライバシーポリシーや利用規約に基づき、どのように扱われる可能性があるのか。業務で扱う顧客情報や社内の重要情報をそのままAIに入力してよいのか。こうしたポイントを押さえておかないと、思わぬ情報漏えいリスクにつながります。
加えて、著作権や第三者の権利に関する観点も最低限カバーしておきたい領域です。
生成AIが作った文章や画像をどのように扱うべきか。他者のコンテンツを無断でコピー・改変したような使い方をしていないか。こうした点は、実務でのトラブル防止の観点からも重要です。
AIリテラシー研修設計の全体プロセス
目的とゴール設定 何をできるようになってほしいのかを決める
AIリテラシー研修でありがちな失敗は、「AIの概要を一通り説明して、ツールも触ってみたが、その後どう活用すればよいか分からない」という状態で終わってしまうことです。
これを避けるためには、最初に研修の目的とゴールを明確にする必要があります。
例えば、初回の中小企業向けAIリテラシー研修のゴールとして、次のような状態を設定できます。
- AIや生成AIの概要を理解し、抵抗感なく話題にできる
- 自分の業務のなかで、AIを試せそうな場面を1つ以上挙げられる
- 社内のAI利用ルールに沿って、安全に活用できるイメージを持てる
このように、「研修後に受講者がどの状態になっていれば成功と言えるのか」を先に言語化しておくと、社内AI研修カリキュラム全体の組み立てが格段にやりやすくなります。
対象者とレベル分け 誰にどこまで教えるかを決める
次に重要なのが、対象者とレベル分けの設計です。
中小企業のなかでも、経営層・管理職・一般社員では、AIリテラシーに求められる水準が異なります。
経営層であれば、「AIを自社のどの領域に活用し得るのか」「投資とリスクをどう捉えるか」といった視点が中心になります。
一方、現場メンバーには、「日々の業務をどのように効率化できるか」「どの情報を入力してはいけないのか」など、より実務に近い視点が必要です。
全社員を一度に集めた研修を行う場合でも、セクションごとに「このパートは経営層向けに少し厚めに説明する」「この部分は現場向けの具体イメージを重視する」といった設計をしておくと、満足度と効果が高まりやすくなります。
実施形式と体制 オンライン・対面・ハイブリッドの選び方
AIリテラシー研修は、オンライン研修と対面研修を組み合わせる形が取りやすいテーマです。
例えば、基礎知識の説明やツールの概要はオンライン講義で実施し、自社業務に即した活用アイデアを考えるワークは対面でディスカッションする、といった組み合わせが考えられます。
また、講師を誰にするかも重要な検討ポイントです。
外部講師は最新の情報や整理されたフレームワークを提供しやすい一方で、自社の業務に深く踏み込むには限界があります。
社内の担当者や有志メンバーを「社内講師」として立て、外部コンテンツを補助的に活用する方式も、中小企業にとって現実的な選択肢です。
いずれにしても、「1回きりのイベント」ではなく、継続的に学び直せる仕組みを前提に設計しておくと、研修の投資対効果を高めやすくなります。
社内AI研修カリキュラムの作り方
基礎編 AI・生成AIの前提知識とリスク理解
カリキュラムの最初のブロックは、AIや生成AIの前提知識とリスク理解に充てるのが一般的です。
ここでは、次のような項目を扱うとよいでしょう。
- AI・機械学習・生成AIの違いと大まかなイメージ
- 生成AIが得意なこと/苦手なこと
- 出力内容の正確性と限界に関する考え方
- 情報漏えいやセキュリティに関する注意点
- 著作権や第三者の権利に対する基本的な配慮
専門用語を深追いする必要はありませんが、「なぜ確認が必要なのか」「なぜルールが定められているのか」といった背景が腹落ちするように説明することが重要です。
ここでの理解が、その後のAI活用やルール順守の土台になります。
実務編 自社業務に沿ったAI活用の考え方
次のブロックでは、自社業務に沿ったAI活用の考え方に踏み込みます。
個別の事例紹介に依存せずとも、一般的な業務イメージから活用の方向性を示すことは可能です。
例えば、次のような観点で整理できます。
- 文書作成業務…メール文面、案内文、議事録のたたき台作成
- 情報整理業務…長文の要約、論点の抽出、比較表のたたき台作成
- アイデア発想業務…企画案のたたき台や、検討すべき観点の洗い出し
研修では、参加者それぞれが自分の業務を振り返り、「入力する情報」「AIに依頼する内容」「人間側で最終判断するポイント」を書き出してみるワークが有効です。
こうした演習を通じて、単なるツール体験ではなく、業務プロセスの見直しにつながる視点を養うことができます。
ルール・ポリシー編 AI利用ルールを研修に組み込む
AIリテラシー研修において、社内のAI利用ルールやガイドラインを扱うパートは欠かせません。
どれだけ有用な活用方法を学んでも、「何をやってはいけないか」が曖昧なままだと、現場は安心して動けません。
このパートでは、少なくとも次のような点を明確にします。
- どのAIツールを、どの用途で利用してよいのか
- 入力してはいけない情報の例(顧客情報、契約情報、機密情報など)
- 社外に出す文書をAIに生成させる場合の確認プロセス
- AIの出力をそのままコピーペーストしないことの重要性
もし別途、AI利用ポリシーやガイドラインをまとめた社内文書やWebページがある場合は、研修資料等からそのページへの導線を設けておくとよいでしょう。
AIリテラシー研修の教材づくりとコンテンツ設計のコツ
市販教材・オンラインコンテンツをどう選ぶか
中小企業がAIリテラシー研修を企画するとき、「すべての教材を自社でゼロから作る」のは現実的ではありません。
まずは、市販教材やオンラインコンテンツの中から、目的に合うものを組み合わせて活用することを検討するとよいでしょう。
教材選定の際には、自社の目的・対象者(経営層・管理職・一般社員)・受講者のITリテラシーやAIへの抵抗感といった観点から、「ちょうどよい難易度」の教材を選ぶことがポイントです。
難しすぎる教材は理解を妨げ、簡単すぎる教材は「知っている話ばかりだった」という不満につながりかねません。
自社業務に即した演習・ワークを設計するポイント
一方で、中小企業のAIリテラシー研修の効果を高めるうえでは、自社業務に即した演習やワークを取り入れることが非常に重要です。
市販教材だけでは、自社ならではの業務プロセスや文書フォーマットにフィットしないことが多いためです。
例えば、
- 実際に使っている定型メール文や案内文
- 社内でよく使われる報告書や議事録フォーマット
- よくある問い合わせ内容や説明文
などを題材に、「従来のやり方」と「AIを取り入れたやり方」を比較してみる演習が考えられます。
受講者自身が日常の仕事を思い浮かべながらAIを試せる構成にすることで、「自分ごと」としてAI活用を捉えやすくなります。
生成AIを教材づくりに活用する方法
教材づくりそのものにも、生成AIを活用することができます。
例えば、次のような用途が考えられます。
- 研修用スライドのたたき台となるアウトライン案の生成
- 練習用のお題やケースのバリエーション案の作成
- 研修後の振り返りに使える質問リストの草案づくり
もちろん、生成された内容をそのまま使うのではなく、人間がチェックし、自社の状況に合うように修正するプロセスが欠かせません。
このプロセス自体が、「AIをうまく使って効率化しつつ、最終判断は人間が行う」というAIリテラシーの実践例にもなります。
社内サイトやナレッジベースに、AI研修で使った教材や演習のパターンを蓄積し、後から参照できるようにしておくと、次回以降の研修設計もスムーズになります。
研修の実施・評価・フォローアップ
研修前後での意識・スキルの変化を把握する
AIリテラシー研修を「やりっぱなし」にしないためには、研修前後での変化を把握することが大切です。
簡単なもので構わないので、「AIや生成AIに対する印象・不安感」「業務で使ってみたいと思うかどうか」「実際に利用したことがあるかどうか」といった項目を、事前・事後アンケートで比較すると、研修の方向性が適切だったかを振り返りやすくなります。
また、希望者には短いミニテスト形式で、「AIの特徴」「守るべきルール」などの基本的な理解度を確認する方法もあります。
結果は、個人への評価というよりも、次回の研修内容を改善するための材料として活用することが望ましいでしょう。
研修後のフォローアップと継続学習の仕組みづくり
AIリテラシーは、一度学んで終わりのテーマではありません。
ツールもルールも変化していくからこそ、継続的な学びの場を用意することが重要です。
研修後のフォローアップとしては、例えば次のような取り組みが考えられます。
- 月に一度程度の社内ミニ勉強会や情報共有会
- 社内チャットやポータルで、「AI活用のちょっとした工夫」を共有する場づくり
- よくある質問や注意点をまとめたFAQページの整備
社内サイトやオウンドメディアにAI活用関連の記事やテンプレートを公開している場合は、研修資料からそれらへの内部リンクを貼ることで、受講者が復習しやすい環境を整えられます。
実際のAI利用状況を踏まえた次の研修計画
最後に、実際のAI利用状況を踏まえて、次の研修計画を見直すプロセスも組み込んでおきましょう。
アンケートやヒアリングで、
- どの部門・どの業務でAIが活用され始めているか
- どんな場面でつまずきや不安が生じているか
- 追加で知りたいテーマは何か
を把握できれば、次回以降の研修テーマを受講者のニーズに沿って設計し直すことができます。
最新のAIトレンドを追うことも大切ですが、研修内容を流行に振り回されすぎると、現場の業務とはかけ離れた内容になりがちです。
自社の実情を踏まえながら、「今、社内で本当に必要とされているAIリテラシーは何か」を定期的に見直していくことが、中小企業におけるAIリテラシー研修の成功につながります。
まとめ
中小企業がAIリテラシー研修に取り組む際に重要なのは、「完璧さ」を目指すよりも、現場に根づく形で継続することです。
- AIリテラシーを「知識・スキル・態度」の3つに分けて整理する
- 目的・対象者・レベル分けを明確にしたうえで、社内AI研修カリキュラムを組み立てる
- 自社業務に即した教材や演習を用意し、生成AIも教材づくりに活用する
- 研修前後の変化を把握し、フォローアップや継続学習の仕組みを用意する
こうしたステップを踏むことで、中小企業のAIリテラシー研修は単発のイベントではなく、「AIを安全かつ効果的に活用できる組織文化」を育てる取り組みへと変わっていきます。
本記事で整理したポイントを参考に、自社の状況に合った形でAIリテラシー研修を設計し、社内研修カリキュラムと教材づくりを進めてみてください。
シーサイドでは、生成AIツールの活用に関するご相談も受け付けております。
お困りやご相談がありましたら、まずはお気軽にお問い合わせください。
