社内規程・マニュアル作成に生成AIを使うときの注意点とプロンプト例

近年の生成AI技術の急速な進展は、企業のバックオフィス業務、特に文書作成の在り方に大きな転換期をもたらしています。
従来、多大な時間と専門知識を要していた「社内規程」の策定や、細かな手順の言語化が求められる「業務マニュアル」の作成において、AIは単なる補助ツールを超えた「業務パートナー」としての役割を担い始めています。

しかし、これらの文書は組織の規律を維持し、業務の正確性と安全性を担保するための基盤となる重要な公式ドキュメントです。
AIの出力をそのまま無批判に採用することは、法的リスクの露呈や現場の混乱を招く恐れがあります。

本記事では、社内規程・マニュアル作成に生成AIを導入する際の具体的なメリットから、避けては通れないリスク管理の注意点、そして実務で即活用できる高度なプロンプト例までを体系的に詳しく解説します。

目次

生成AIによる社内ドキュメント作成の主なメリット

社内規程やマニュアルの整備に生成AIを取り入れることで、従来の属人的で時間のかかる作業プロセスを多角的に改善することが可能です。

作成工数の削減と業務スピードの向上

規程の新規策定や大規模な改訂には、通常、数週間から数ヶ月の期間を要します。
既存資料の収集から構成案の作成、本文の執筆、校閲といった一連の工程をAIがサポートすることで、この期間を大幅に短縮できます。

構成案の網羅性と客観的な視点の確保

人間がドキュメントを作成する場合、個人の経験や知識の偏りによって、重要な項目を見落としてしまうリスクが常に存在します。
広範なデータを学習している生成AIは、一般的な標準モデルに基づき、客観的かつ網羅的な構成を提示することを得意としています。

業務の標準化とナレッジ共有の促進

マニュアル作成が停滞する要因の多くは「記述の仕方が分からない」「時間が取れない」という現場の負担にあります。
AIが下書きを生成する仕組みを導入することで、担当者の役割は「執筆」から「内容の精査・修正」へとシフトします。

メリットを踏まえた、具体的な生成AIの役割

ここまでに挙げたメリットと生成AIの特性を踏まえると、具体的に生成AIには下記の業務を任せることができます。

  • ゼロからの起案を代行する
    まったくの白紙から書き始める際に生じる心理的・時間的なハードルを下げ、素早い「たたき台」の作成を支援します。
  • 定型表現の自動生成と統一
    規程特有の「である調」や厳格な法的言い回し、あるいはマニュアルに適したステップ形式をAIが瞬時に生成するため、書式を整える手作業を省力化できます。
  • 抜け漏れの防止機能
    規程に必要な「目的」「適用範囲」「用語の定義」「罰則規定」といった標準的な項目を漏れなく提案し、文書の骨組みを強固にします。
  • 多角的な論点の提示
    担当者が気づきにくい運用上のリスクや、他部署との連携において考慮すべき点などを、AIとの対話を通じて多角的に掘り下げることが可能です。
  • 作成プロセスの平準化
    誰でも一定水準以上のドキュメントを作成できる環境が整うことで、特定個人に依存していたマニュアル作成業務が標準化されます。

導入前に必ず把握すべき重要リスクと注意点

生成AIは極めて高い利便性を持ちますが、社内ドキュメントという「正確性と信頼性が命」の分野で使用するには、相応のリスク管理と運用ルールの徹底が不可欠です。

情報漏洩とセキュリティリスク 入力データの取り扱い

最も警戒すべきは、入力した情報の取り扱いです。
一般的な無料版の生成AIサービスでは、入力データがAIモデルの学習に再利用される設定になっている場合があり、自社の機密情報が他者への回答として漏洩するリスクを排除できません。
そのため、顧客名、従業員の個人情報、独自のノウハウ、未公開の経営計画などは絶対に入力しないというルールを周知徹底する必要があります。

また、入力データが学習に利用されない「オプトアウト設定」の活用や、より安全な「Azure OpenAI Service」などのAPI利用、法人向け有料プランの導入などを強く推奨します。

ハルシネーション(虚偽回答)と情報の正確性

生成AIは「次に来る確率が高い言葉」を繋げて文章を作る仕組みであるため、事実とは異なる情報をさも正しいかのように出力する「ハルシネーション」が発生します。
こうしたリスクを避けるためにも、事実確認(ファクトチェック)のプロセスを必須化しましょう。
AIが出力した条文や手順、法的根拠は、必ず人間が公的な一次情報(官公庁のサイトや法律本文)と照らし合わせて確認しなければなりません。

さらに、AIの学習データには期限(カットオフ)があるため、直近の法改正や最新のITツールの仕様が反映されていない可能性があります。
この事実を常に念頭に置き、AIの出力結果が最新の法規制に基づいた内容であるかどうかは常に確認するようにしましょう。

著作権保護と法的解釈の限界

AIが生成した文章が、意図せず他者の著作権を侵害している可能性や、法的判断をAIに委ねることによるコンプライアンス上の懸念も考慮すべきです。

AIは法的な助言を行う資格を持っていません。
AIの回答をそのまま「法的結論」として採用するのではなく、最終的な解釈や規程の妥当性は、必ず弁護士や社会保険労務士などの専門家に確認する体制を整えてください。

また、生成された文章の著作権が自社に帰属するか、あるいは利用規約に反していないかを事前に法務部門と確認しておくことが望ましいでしょう。

高品質な出力を引き出すプロンプトエンジニアリングの基本

AIから実務に耐えうる回答を引き出すには、指示の出し方(プロンプト)に明確な型を持たせることが重要です。
次の3つの要素を組み合わせることで、精度の高い成果物が得られます。

役割の明確化(ロール・プロンプティング)

AIに対し、どのような立場として振る舞うべきかを具体的に指定します。
これにより、出力される文章のトーンや専門用語のレベルが最適化されます。

設定例

「あなたは上場企業の法務部長として、リスク管理の観点から厳格な規程案を作成してください」
「あなたは現場の教育担当者として、中途採用者が初日に理解できる平易なマニュアルを作成してください」

具体的な文脈(コンテキスト)と制約条件の提示

指示の中に、対象となる読者、目的、文章の長さ、守るべきルールなどを詳細に含めます。

段階的な思考プロセス(Chain-of-Thought)の活用

複雑なドキュメントを一度に作成させるのではなく、作業を分割して段階的に指示を出すのがコツです。

作業を分割した指示出しの例
  1. 作成したい規程の「目次案(骨子)」を作成させる。
  2. 提示された目次を人間が確認し、必要な項目を追加・削除する。
  3. 確定した目次に基づき、1章ずつ詳細な本文を執筆させる。 

このステップを踏むことで、全体の整合性が保たれ、質の高い文書に仕上がります。

社内規程作成のためのプロンプト例

実務でそのまま活用できる、具体的なプロンプトの構成例を紹介します。
状況に合わせて適宜調整してご利用ください。

新規規程の構成案(骨子)を策定する

新しい制度を導入する際、土台となる項目を網羅的に洗い出すための指示です。

プロンプト構成例

 # 役割 あなたは企業の法務・総務エキスパートです。
# 依頼 新たに策定する「育児・介護休業規程」の網羅的な構成案(目次)を作成してください。
# 前提条件 ・2025年時点の日本の労働基準法および育児・介護休業法に準拠すること ・対象は全正社員および一定の条件を満たす契約社員とする ・「育児休業」「介護休業」「子の看護休暇」「介護休暇」を網羅すること
# 出力形式 第1章から順に条文タイトルを示し、各条文で定義すべき内容の要点を簡潔な箇条書きで示してください。

既存規程を法改正に合わせて修正・アップデートする

法改正の内容を既存の条文に反映させる際の補助として使用します。

プロンプト構成例

 # 役割 社会保険労務士の知見を持つ専門アシスタントです。
# 依頼 以下の既存「就業規則」の一部を、法改正(例:時間外労働の上限規制の強化など)に対応させるための修正案を提示してください。
# 入力データ [修正したい箇所の条文を貼り付け]
# 修正のガイドライン 改正法の要点を反映しつつ、企業の安全配慮義務が果たされている内容にしてください。
# 出力形式 修正前と修正後の対照表を作成し、変更の理由と実務上の注意点を添えてください。

従業員向け周知用の平易な要約文を作成する

専門的で難解な規程を、現場の従業員が正しく理解できるように変換します。

プロンプト構成例

 # 依頼 添付の「情報セキュリティ規程」のうち、特に一般従業員が日々の業務で遵守すべき事項を5つ抽出し、平易な言葉でまとめてください。
# 条件 ・専門用語(例:不可逆的な暗号化など)は使わず、具体的な行動指針として書く ・「~してはいけません」ではなく「~しましょう」という前向きなトーンにする ・社内掲示板に投稿するための、1分で読める分量にする

業務マニュアル(SOP)作成のためのプロンプト例

マニュアル作成では「誰が読んでも同じ結果になること」が重要です。
AIを使って記述のムラをなくします。

箇条書きメモから構造化された手順書を生成する

現場担当者が書き留めた断片的な情報を、整理された手順書に変換します。

プロンプト構成例

# 依頼 以下の「経費精算システムの操作メモ」をもとに、新入社員向けの正式な操作マニュアルを作成してください。
# 入力メモ [ログインURLにアクセス、領収書はPDFにする、金額を打ち込む、プロジェクトコードを忘れない、最後に承認依頼を投げる]
# 構成案
1.目的 2. 事前準備(必要なもの) 3. 操作手順(Step形式) 4. よくあるエラーと対策
# トーン 丁寧なビジネス敬語で、操作ミスを防ぐためのアドバイスを適宜挿入してください。

業務フローを視覚化するためのフローチャート出力

テキストベースの業務フローを、図解作成用のコード(Mermaid記法など)として出力させ、理解を助けます。

プロンプト構成例

 # 依頼 「備品購入申請から支払い完了まで」の業務プロセスを整理し、Mermaid記法のフローチャート形式で出力してください。
# プロセス詳細 [申請者がフォーム入力→上司承認→総務で購入→納品確認→経理が支払い]
# 出力項目 各ステップの担当部署と、承認が否決された場合のルートも書き込んでください。

想定されるFAQとトラブルシューティングの作成

マニュアルの補足として、利用者が迷いやすいポイントをAIに予測させます。

プロンプト構成例

 # 依頼 「社内共有ドライブの利用マニュアル」に対して、ユーザーから寄せられそうな質問(FAQ)を5つ作成し、回答を記述してください。
# 視点 ・アクセス権限がないときの対処 ・誤ってファイルを消してしまった時の復旧 ・容量オーバーの際の対応

AI出力を「公式文書」として仕上げるための校閲・承認プロセス

AIが生成した文章は、あくまで「高品質な素材」に過ぎません。
組織の公式文書として通用させるためには、人間による最終的な「仕上げ」が不可欠です。

ヒューマン・イン・ザ・ループ(人間による介在)

AIの回答を盲信せず、常に疑いの目を持って内容を精査する体制を構築します。

確実なのは、専門家によるダブルチェックです。
法務担当者や外部の専門家が、内容の法的妥当性を最終確認します。
また、現場でのテスト運用も重要です。
マニュアルの場合、生成AIを用いて作ったマニュアルに記載された通りに作業を行って問題が発生しないか、実際にテストを行うことで内容を精査できます。

社内独自の用語体系とトーンへの微調整

AIは一般的な表現を多用するため、自社特有の文化や用語に合わせたリライトが必要です。

「社員」か「従業員」か、「課長」か「ユニットマネージャー」かなど、社内で定義されている用語・呼称に統一されているかといったポイントが挙げられます。
統一されていない場合は、置換や調整を行いましょう。

既存ドキュメントとの整合性確認

新しい規程やマニュアルが、既存の他のルールと矛盾していないかを確認します。
例えば、新しい「テレワーク規程」の内容が、上位規程である「就業規則」の服務規程や給与規定と矛盾していないかを精査します。

まとめ 

生成AIは、社内規程やマニュアル作成における「ゼロからイチを生み出す苦労」を大幅に軽減し、業務効率化を推進する強力なパートナーです。
しかし、その本質は過去のデータの統計的な組み合わせであり、未来に対する「責任」を負うことはできません。

重要なのは、AIに主導権を渡すのではなく、人間が明確な目的意識を持って指示を出し、最終的な「正しさ」を担保するという姿勢です。
本記事で紹介した注意点とプロンプト技術を組み合わせることで、正確かつ誰にでも分かりやすいドキュメントを、最小限の工数で整備することが可能になります。

テクノロジーの利便性を最大限に享受しながら、人間の専門的な判断力を融合させ、より健全で効率的な組織基盤を築いていきましょう。

シーサイドでは、生成AIツールの活用に関するご相談も受け付けております。
お困りやご相談がありましたら、まずはお気軽にお問い合わせください。

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